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殺人現場のすぐそばで
(3/14)
時間の余裕が無かったので、新居は日当たりと風通しが良く、仕事に身が入りそうな感じが気に入ってたいして考えもせずに決めてしまった。トイレが広いのに(これはネコがいるので嬉しい。わたしもネコも快適)お風呂が狭いのがいやだったけれど、いざ入ってみるとこの狭さが妙に気に入ってしまった。考えがまとまるというか・・・。
念願の一人暮らしを始めてみると、『一人暮らし』のイヤな面も急に思い出した。なんでこんなことしているんだ? と、思うのは、だいたいお金を払う瞬間だ。女が一人だと、なんだか不動産屋や引っ越し屋に嘗められる気がする。だって、持ってきた食器の半分以上が割れてしまったし、なんの愛着もないけれど、母が持たせてくれたタンスにはものの見事な傷がついてしまった。引っ越し屋に電話をして弁償させようとしたけれど、覆水盆に返らず・・・タンスの傷は元に戻らないし、あのお皿が戻ってくるわけじゃない。やっぱり、こういうのは男にやらせておくべきなんだろう。
両親との同居があまりにストレスで一人になりたいと思っていたから、末期症状では男の大半が喋ることさえ面倒くさかった。『フラワー』のせいもあって、半分くらいの知り合いの男性は揶揄していて、その倍くらいの男性が新たに近づいてくる。どちらもピンと来ないので、それはそれは面倒臭かったのである。わたしは身体も大きく力持ちだけど、それでも限界があり、引っ越しにはあんまり向かない。知らない男がドカドカ入るし、密室で知らない男に親切にされるのもけっこう薄気味悪いものだ。
半年前に一人暮らしに戻った妹が、盗難された自転車を引き取りに行って、若い警察官にあまりに親切にされ「あの辺は物騒だから気をつけた方がいい」といわれて「そんなことより、警察官の親しげな笑顔が恐かった」といっていたのを思い出した。
しかし、この引っ越しを後悔したのは、3度目くらいにその坂を下ったときだった。
新居はなぜか絶壁に建っていて、二方向が急な下り坂道になっている。一方は民家に入り行き止まりになり、もう一方の坂を降りると商店街とスーパーがある。下見に来たわたしは「住宅街の割に便利だわ」と喜んだ。しかし、いざ引っ越して、その坂を下る感触は、1年半も前に見た、奇妙な夢を思い出させた。
夢の中、ふと気づいた時、わたしはすでに死んでいた。今はもうない母の実家でわたしの葬儀が行われている。喪服を着た大勢の友達が集まって・・・けれど、遺体はないらしい。わたしは狼狽え、「ねえ、わたしはここにいるよ」というけれど、誰にもわたしが見えない。母は半狂乱で「うちの娘は死んでないわ!」といっている。わたしは遺体があったら、なんとかして入ろうと思っているので、母にまとわりついて「ねえ、わたしの身体はどこにあるの?」と聞いたけれど、実は母にはわたしが見えていないらしい。そうこうしているうちに、葬儀は終わってしまった。
「ねえ、誰か、わたしの身体は?」と、空しく一人つぶやいていたら、妹はわたしがわかるらしく「お姉ちゃんはここにいればいいからね」と声をかけてきた。それで妹について歩く・・・けれど、どうしてわたしが死んだのか、結局、教えてくれない。
翌日、妹との想い出のあるディズニーランドに行った。その当時できたてだった東京ディズニーランドで妹と遊んだことがあり、わたしたちはジェットコースターが大好きで、たて続けて3回乗って、涙を流して喜んだ。もう一度、乗りに行こうということになったらしい・・・。
しかし、夕暮れになると、妹ともはぐれてしまい、わたしは一人土手を歩く。一人でいる限りわたしが見えるか見えないかは、たいした問題じゃないなあ、などと思いながら・・・。 ふと、下界にスラッと背の高い美女が現れる。きれいな女性だなあと思って眺めていたら、大きな男が現れた。まるで恋人のように彼女に歩み寄り・・・というより、関係のある2人なのだろうと眺めていた。しかし、男は出会い頭、いきなり女性の顔を殴る、どんどん殴る。しかも、彼女は逃げるどころか暴力に吸い寄せられていく・・・わたしは、急いで坂を降り、助けを求める。
夕方の商店街に人影がないわけでもないが、いくつかの人影が、唖然として、すべてが目に入っていないが如くフリーズしてる。2人の中に割って入るけれど、すり抜ける。「何してるのよ、やめなさいよ」といっても聞こえない。「ねえ、誰か、止めて!助けてよ!」と叫ぶけど、誰も聞いていない。「どうしよう! 警察! 警察よばなきゃ!」・・・と走り出した瞬間、わたしは、自分が何も出来ないことに気づいて、諦めた。わたしはいるけどいない人・・・。
それに、わたしはあと数時間で、違う世界にいかなければならない・・・それを思い出した。次の世界はいったいどんな世界か、想像もつかない・・・寂しい・・・なのに、わたしはそこへ行かなければいけないのか?
と、思った瞬間に目が覚めた。後味が悪かった。
わたしは起きている間、あまり絶望しない性格なので、夢が一手に絶望を引き受けているらしい。それでか、子供の頃から、けっこう変な夢を見る。その結果、どっちが夢でどっちがうつつか分からなくなる・・・にしてもこの夢は、後々尾を引いた。この日を境に、わたしは自分でも馬鹿げていると思いながら、どうしても彼を避けた。その後、持病が悪化してわたしは痩せ・・・ある日気がつくと、鏡の中のわたしは夢の女に似ていった。そしていよいよ彼を避け、月日が流れた。
夢だから降りれたと信じて疑わなかった急な坂・・・数歩で人が隠れるような高低差と、坂の景色、坂を降りていく足のあの感触。それがこの世にあって、商店街とスーパーまであることにゾッとした。そしてその瞬間、あれは夢でもなかったのだろうと思う。わたしが知らないだけで、あの日、何かが起きていたと・・・妙に納得してしまった。
愛する理由と同じくらい憎む理由はあり、きっと憎まれる理由はたくさんあるに決まっている。数えたら、それだけで死んでしまいそうだ・・・それにしても、あの日はどんな日だったっけか? ・・・「君は冷たい」なんて聞きたくもない。それで殴られるぐらいなら、殴ってやりたいわ・・・事実は、わたしは男に殴られたことなどないのだけれど・・・。
考えようによっては、ここが悪夢の終点。特に死ぬこともなく、死にそうもない。
ただ、新しい時間と空気が流れている。
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