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女の性と心の闇
11/13
出だしが快調だったせいか、『エクスタシー』の増刷があっさり決まった。そんなに売れているとも思えないが…楽天は女性向けのものに力を入れていることもあって、11/4から特集をやってくれた。おかげで、楽天ランキング1位になる。これにはちょっとホッとする。
『フラワー』の裏コンセプトは、「セックスでガキに負けるな!」だったが、『エクスタシー』は「ふざけんな男!」だった。男性が読んだら、嫌になったりして…なんて思いながら書いていた。
すべての男女(特に男)がセックスを自分本位に考えていなかったら、こんな本はそんなに必要ないんじゃあるまいか? と、思う。性的トラウマの無い人はいない。
娘に「オナニーやセックスを不潔なものだ」と教える母親は、夫との関係に対して不信感や不満を抱え、「男とつきあうな」という父親は、女性にろくでもない欲望を持っている…もとをただせば…。
「オナニー?なんてことをいうの?」なんてことをいう全ての女性に、この本を薦めたいほどである。
『フラワー』も『エクスタシー』もわたしの中では犯罪防止…男の性・女の性がすべての仕組みとトラブル・犯罪を作っているという思いがある。普段は忘れているけれど、それに抵抗したい意地みたいなものが潜在的にある。
「女の性」や「男の性」という言葉は、幸福なときには使われない。愚か者という意味だったり、慰めの言葉だったり…。不幸な事件や、不条理な状態を現すときに使われる言葉なのだ。
エクスタシーは、本来、癒しややすらぎを与え、性を乗りこえさせてくれるものだと思う。けれど、それが得られなければ、人は欲望や官能に溺れ、怒りや憎しみを生みだしていく…。
わたしの両親はそれぞれ自分の欲望に翻弄されながら、50年近くもお互いを恨んでいる…入院生活が長いので冷静な子供だったわたしには、実のところ両親がどうして狼狽えているのか、憎んでしまうのかよくわからなかった。同情を求める母の言動も、父の言動も、心情的にはまるでピンと来ない。「お前は冷たい」と母によく責められたが、その当時「女の性」やら「情念」やらが理解できたら、そっちの方がやっぱり恐いと、今、あらためて感じてしまう…鈍感で良かった!
鈍感じゃない娘や息子が、いまどき巷にはたくさんいて、寧ろ主流かもしれないと思うと、胸が痛む。
両親の感情を迷惑に感じていたわたしは、それとは関係ない世界を生きようと思っていた。が、そうは問屋が卸さない…人間とは大変なものだと気づいたのは、離婚しようと思った頃だったろうか? 27.8才の頃…もともと好きなことは頑張るけれど、それ以外は怠け者で、何事もまあ人並み。とくに褒められるようなことも、大事にされた覚えもないわたしは、嫉妬心を抱くような動機の持ち合わせもないまま成長した。けれど、離婚するためには仕事を頑張らなければ…とやったのがいけなかった。そして実際、離婚したのもいけなかったらしい…友人たちは喜び憎み、嫉妬の嵐に遭った。
女盛りの自立は、難しい。自由な暮らしは羨望の対象になり、仕事をすれば男からも嫉妬される。うまくいっても、セクハラに遭う。
いい暮らしも、いい思いもしたことはないが、それが相手の妄想であっても、トラブルに巻き込まれれば、悩まなくてはならない…あらぬ噂を流されたり、暴行を受けたり、仕事の邪魔をされたり、無言電話をいただいたり…(^_^;)。夏目漱石じゃないが、とかくこの世は住みにくいのである。
男の性や嫉妬心には太刀打ちしがたいものがあるが、女の性は、それはそれでまた複雑な世界が広がっている…。なんなんだ、一体!? そうして振り返ると、本当にわからない世界が広がっていた。
憧れのホステスを殺して逃走した福田和子の事件にも、「お受験殺人」といわれた文京区音羽で友人の娘を主婦が殺害した事件にも、ショックを受けた。あの頃は、今ほどに犯罪が多発していなかったが、多くの主婦が幼女殺しの被告に同情の涙を流したという報道には、当惑した。
後にいわれた「密室の孤独」、「女の心の闇」とはなんだろう? というのは、同性としても、当時ドキュメンタリーを手がけはじめた仕事の中でも、存在感を帯びたテーマだった。
その頃、鈍感なわたしは、いろんな女性誌の編集者から(しかも男)、嫉妬心が理解できないような人間には、文章を書く資格がないといわれていた。「あんたがつき合った3人が嫉妬深かったんでしょう」とか、「あんたが卑怯だから、女性のそういう面しか見せて貰えないんじゃないの?」と、何度言い返そうと思ったことか! しかし、一面、わたしは孤独や錯乱について考えるのは得意だが、嫉妬について考えるのは苦手だ。その理由は、嫉妬の背景にある比較意識や優越感そのものが、馬鹿馬鹿しくて苦手だから…。なにしろ体育会系だし…。
いまだに得意じゃないなあ。なんとかそこを考えないで生きようとする。そのなれの果てが、『満月』であり、『フラワー』だった気もしてくる。
あんなに鈍感だったわたしでも、歳をとるに従い「情念」の意味ならわかるようになったかなあ。
11/19
丸茂ジュンさんの「悪女狂騒曲」(コスミック刊)の出版記念パーティのため、東京會舘へ。和服の丸茂さんは女優さんのように美しく…もともと美しいんだけれど、何かを乗り越えた表情をたたえていて、いい感じだった。
星さん、レオさん、みよじさん等々画家軍団も一緒で、いつもの飲み会になる。どうしてみんなそんなに飲むのが好きなの? そんなに強いの?
丸茂さんの行きつけのお店で、解禁前のボジョレーを頂く←ちょっと自慢!
新宿2丁目のおカマバーでカラオケを歌いまくった後、酉の市に寄り、やっぱり朝まで…。
11/20
寝て、起きて這い蹲って「ベア・ナックル(講談社刊)」の出版記念パーティのためセンチュリーハイアットへ。プロボクサーから作家に転身した盛川友基さんのデビュー作。友人らしきプロボクサーがたくさん来ていて、若い編集者の女性がソワソワしている。若いスポーツマンは乙女心をくすぐるのかしら? 二十代、三十代らしきボクサーたちが子供にしか見えない自分がちょっと悲しい。
丸茂さん、志茂田さん、星さんも来ていて、4人で新宿へ。なんでそうなったのか、丸茂さんから、ゆで卵を糠みそに漬けたら美味しいという話を聞き、すっかりその気になる。糠漬け、糠漬け、糠漬けをつけよう!
三日酔いのぼやけた頭で、丸茂さんの「悪女狂騒曲」を読む。無駄のない筆さばきに関心しながら、眠かったことも忘れてどんどん読んでしまう。ホステス殺しの福田和子、臨月の妻を殺した不倫女、カレーヒ素事件の林真須美、お受験殺人といわれた音羽の幼女殺人など、世を震撼させた事件の女性たちをモチーフに女の性をフィクションで描いている。
フィクションだから動機や事実関係は、必ずしも事件と一致しないが、丸茂さんの描く「女の性」に思わず唸ってしまう。10年前に「お前にはわからない」とさんざんいわれた「女の心の闇」という霧を晴らせて貰った気がした。
もっとも、丸茂さんは聡明なので、事件の当事者たちはもっと腐ったことを考えていそうではあるが…。
最後の一章、音羽殺人事件はほとんどフィクションだけど、不倫主婦にこそ読ませたいと思った。
ろくに悪いことをしたことがない、平凡で地味な主婦が犯してしまう犯罪…これは、今の若い主婦たちの不倫願望に通じるものがありそうな気がする。
あれからずいぶん時間が経った、みんないろいろ考えている。にも関わらず、今の世の中は心の闇だらけ…。
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